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ふう@上海しぶちん生活

   ~ 一生懸命生きてます ~ (仮)

  

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100回記念?

ども!


祝100回記念!!



…と思ったら、blogペットだかオナペットだかよくわからんが
とっくに先を越されてるじゃねーかっっ!!




ふうです。


なんかもうどうでも良くなった。


今日は100回記念のつもりで、
珍しく僕自身について書きたいと思います。




『中国と僕』

現在僕はご存知のように、今年の1月から中国上海に駐在してます。

といっても、学生の頃などはまさか自分が海外赴任するなどとは
ミジンコ程も思っていませんでした。
しかも中国だなんて。

学生の頃は海外赴任とか言ったら
そりゃもう世界を股にかけつつ、電車の中では英字新聞とか読んじゃったりして
OLさんにも「ムッハー、結婚してェーっ」とか言われちゃったりしてどうしよう♪
みたいなイメージでした。
ホント、ふとした仕草でもフェロモンをぴゅっぴゅ出してるナイスガイしか縁がないと思ってましたしからね。

でもって、赴任したらしたで毎日のように白手袋したお抱え運転手が
黒塗りのベンツやらBMWやらでお迎えに来ちゃったりなんかで
夜はホームパーティとかで気の利いたウィットに富んだアメリカンジョークを放出したり?

すいませんねあほな学生で。

けど、全然んなこたなかったんですね。
いざ海外に住んでみると中国だからかもしんないですけど不便なことだらけです。

今の会社の待遇が悪いだけですかね?

ま、僕のスペックが低いだけじゃない?って気もしますけど。


とまあそんな学生時代には海外とは全くご縁がないと思ってましたが
振り返ってみると実は結構中国とは絡みがあったりします。


つるんつるんの幼少時代は
イーアールカンフーとスパルタンXにハマったり、
キン肉マンより闘えラーメンマンとかの方にハマったり。
ラーメンマンって最初はどう見てもヒールじゃね?とか子供心に憤ったり。
ま、とにかくジャッキーの影響もあって「中国人は強えぇ」とか憧れたもんです。

けど、そんな幼少時代のある日、うちの飲んだくれの頑固親父が
「なあ、知ってるか?本物の中国人は『~アル』とか言わないんだぞ。」
とか言いやがりました。
いや、こりゃもう子供心に大ショック。月並みですが全米が震撼した。

ま、聞いた翌日には得意げにクラスの連中に言いまくってましたけどね。
特に女子に。

初めて知った時はショックでしたよね? ね? ね?
サンタっていないんだ!並みですよね?

って、純真な子供だったことをアピール。


いい大人になった大学時代には
学内誌で単位をとるのが楽勝というガセネタにまんまと騙されて
第二外国語でイカレた江川紹子似のおばはん教師の
中国語の授業を受けてたりもしました。

何がイカレてるかって、女の子は将来就職活動が大変だから、
寝ててもサボっても常に成績はA。
それだけならまあいいんですが
逆に野郎どもは「今、死ね。」ってスタンス。
単位なんかくれてやるか、って勢い。なんじゃそりゃあ。

同じ授業を受けてた野郎どもも「そりゃねーよ」って大ブーイング。

とはいえ、イカ臭い野郎どもだって単位を落とすわけに行かないから
テストの時は必死こいてカンニングをしかけるんですが
イカレたおばはんもそれに対抗して、
終いには5人に1人くらいの割合で試験官をセッティング。

手先が器用な僕なんかはカンニングやらせたら
完全無欠の神がかり的なアイテムを作れるんですが、
さすがにそのディフェンスじゃ腰も引けるし
また、当時はバイトで塾の講師をやってたこともあって、
なやんだ挙句にカンニングをあえてしませんでした。
でもって「そんな教師は風上にも置けん」と、逆に反抗心から
一念発起して教科書丸暗記しテストは結構いい点を取りましたよ。

だけど、
「授業点が最悪。覚えてないけど最悪。」
とか言われちゃったりして成績はカスみたいな評価でした。

そりゃねーよって抗議したら、おばはんが急に遠い目をして
「神様はね・・・」とかファンタスティックな講義を始めだしやがりました。
なんかもう「こりゃあきまへんわー」って、あきらめました。

おかげさまで大学時代の中国のイメージは最悪。


とはいえ、それなりにいい思い出もあります。
実は僕、高校の頃に修学旅行で中国北京に1週間くらいいたことがあるんです。
ちょうど10年位前で、痩せる海藻石鹸が流行ってた頃です。

学校側の計らいで、事前に一人一人相手を決められて
現地の高校生と文通をやらされるんです。

今時文通かよーって普通ならテンションは上がりませんが
こちとら田んぼに囲まれた丘の上のムッサーな男子高、
方や相手は共学ですからもしかしたらとびっきりコケティッシュな
チャイナガールとお知り合いになるかもしれません。
そりゃ嫌でも期待に股間じゃなくて、胸が膨らむってもんです。

でもって僕の相手はどうやら女の子ということが判明したわけで
わくわくして北京に乗り込みました。

さっそく現地の高校に行ってご対面となるわけなんですが
そこは顔も大事だけど性格も大事なんだよ♪ってことで
社会人らしく話を濁させて頂きます。
ちなみにその子も江川紹子似だった。

で、そんなかんだで初の中国上陸を果たしたわけなんですが、
アホかつイカの香りがほんのり漂う田舎男子高校生の旅行ですから
持ち前の民度の低さを露呈してしまいます。
レストランで本場のチャイナドレス嬢のスリットに欲情したり、
万里の長城で記念にマーキングしたり、
ホテルで白い煙を吸ったり吐いたり、
白い酒なるものを飲んだり吐いたり、
なんかの罰ゲームでホテルの廊下を全裸で走り回わされたり、
10年前の中国でよくやるわって、今から思うと結構アレですよね。

そんなことやってるもんだから次の日の朝には寝坊して、
集合時間になっても朝飯はおろか、バスに来ないもんだから
怒り狂った担任(ヅラ)が顔を真っ赤にして
部屋のドアをバンバン叩いて起こしに来る始末。

そういうやつも中にはいますよね?中には。

そうそう、修学旅行といえばお決まりのバスガイドのお姉さん。
20歳くらいなんだけど微妙にロリータが入ってて
日本に帰ってからも妄想に明け暮れてた
同級生のアニメオタク(佐野史郎・激似)もいました。
こいつがまた正月にセーラームーンのそのテの絵葉書で
年賀状を送ってくるもんだから、家族には変な目で見られるっての。

話は反れましたが、
前に書いた文通パートナーとともに昼間は学校で授業を受けたり
球技大会をやったりとか、今思うとガラにもなく
けっこう国際交流しちゃってるじゃんって感じ。

で、最終日は全クラスでどっかのホテルで夕食会を催しました。
現地高校生とは英語を使って会話をするんですが
この頃になるとみんなパートナーと仲良くなり、
興味本位で下ネタとか聞く同級生も出てきます。
「se○って言葉、知ってる?知ってる?」とか
もう輪をかけてあほ。どうしようもない。
国際問題になりかねない勢い。

そんな中、僕は江川さんと高校生らしくまじめなトーク。

  僕  「今日の夕食のメニューって中国だと豪華な方なの?」

江川さん「普通。」

  僕  「…あ、そう。(ヘコむ)」


江川さん「あなたアルバイトをしたことある?」

  僕  「え?したことないなー。」

江川さん「・・・そう。じゃあ、あなたはお金の価値がわからないわね。」

  僕  「えええーっ?(へこむ)」

部活もハードだったし家も遠かったのでそんな時間はないのでしょうがないです。
けどいきなり言わんでも。なんかクールな方でした。

会の終わりの方で、

江川さん「あなたまた中国に来るの?」

それなりい仲良くなったため、幾分切なそうな瞳で問いかける江川さん。

そして遠くを見つめ応える僕-


  僕  「Someday….(いつか…。)


うわっ、かっこよすぎじゃん自分。
映画のワンシーンみたいだ。

すると江川さん-


江川さん「ハァ!?」 (中国人独特のイントネーションで)

  僕  「いやだからsomeday(いつか)だって。」

江川さん「何日か後にまた来るの?は?どういう意味?」


通じてないし。


そんなかんだで若かりし日にも実は中国との絡みがありました。

今思い返すと、ほんのり酸っぱくほんのり苦い、
ゲロのような味わいの青春の思い出です。

ま、江川さんに話したsomedayがホントになるとは思いもよりませんでしたが
お金の価値は痛いほどわかる大人にはなれました。
よかったよかった。



以上、101回記念日でした。




追伸:最近、ヨメのマークがさらに厳しくなりました。
「それでもなんとかして書け。書いてそして死ね。」という方は-
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  1. 2005/10/17(月) 22:48:33|
  2. ネタ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:12

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